パウロ・ロベルト・ファルカン(Paulo Roberto Falcão、1953年10月16日 - )は、ブラジル出身の同国代表サッカー選手・サッカー日本代表元監督。
サッカーブラジル代表のミッドフィールダー MFとして活躍、特に全盛期はジーコ、トニーニョ・セレーゾ、ソクラテス (サッカー選手) ソクラテスとともに黄金のカルテットと称された。クラブチームではイタリアのASローマで長く活躍し、リーグ優勝に貢献した。「ローマの鷹=ファルカン」とも称された。
現役引退後、ハンス・オフトの後を継ぎサッカー日本代表監督を務めたが、成績不振のため、1年ともたず解任された。これにより、親日派のジーコとは対照的に日本嫌いになったと言われる。
パウロ・ロベルト・ファルカンの詳細